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北海道南西部地方を震源として6日午前3時8分頃に発生した「平成30年北海道胆振(いぶり)東部地震」。
「震度7」が北海道で初めて観測され、道内ほぼ全域の約295万戸が停電したのは、大手電力会社としては国内初。

当地旭川市は、早いところでは当日の朝に停電が復旧した所があれば、翌日の朝だったり夕方だったりとエリアによってまちまちでした。私のところは大きな道路が交差する近くなのに、東と西の灯りに挟まれて真っ暗でした。(笑)

発災から一週間が経とうとしていますが、コンビニなどまだまだ品不足感が否めません。
今回の地震でいかに電気に頼って生活しているか再認識しましたが、その対応はまた今度として、そもそもの「電気」について知りたくなりました。

そもそもですが…。

・1752年 アメリカのフランクリンが凧を上げて、雷が電気であることを証明し、避雷針を発明。
・1789年 フランスのクーロンが、磁石には2つの異なった極があり、同じ極の間は反発しあい、異なる極の間は引き付け合う力が働き、その力は極と極との距離の2乗に反比例することを発見。
・1799年 イタリアのボルタは、ボルタの電池を発明。

・1826年 ドイツのオームが電流、電圧と抵抗の関係を示す電気の基本的な公式である「オームの法則」を発見。
・1831年 イギリスのファラデーが、電流と磁気の相互作用で、電線に電流が流れると電線のまわりに磁気を生じ、磁気が電線のまわりで変化すると電線に電流が流れるという、電磁誘導現象を発見。電気技術の発展の基礎となる発見。
・1840年 イギリスの物理学者ジュールが、導体に電流を流して発生する熱量(単位 J;ジュール)は、電流の2乗と導体の抵抗の積(電力 単位 Wワット)に比例する「ジュールの法則」を発見した。
・1870年前後 ジーメンスおよびグラムによって、発電機が完成。電力技術の発展の基礎となる。
・1876年 アメリカのベルが音波を電流によって伝える電磁型送受話器による有線電話を発明し特許を取得。
・1877年 アメリカのエジソンが、蓄音機を発明。

・1878年 日本で最初のアーク灯が、3月25日に日本全国電信業務開始祝賀パーティー会場で点灯。

・1882年 アメリカのエジソンが、日本の竹をフィラメントに使用した電球を発明。
・1888年 ヘルツが電磁波の存在を実験的に証明。
・1897年 イタリアのマルコニーが無線電信を発明。

ここまでどうでしょう。学校で習ったようなキーワードも出てきますが…。

・1906年 3極真空管が発明され通信やラジオ・テレビの発達の基礎になった。
・1915年 アメリカのキャンベル、ドイツのワーグナーによって、ろ波器(余分な波をはぶき、必要な波のみを通す装置)が発明された。真空管とろ波器によって電信・電話が急速に発展。
・1920年 米国ウエスチング社がピッツバーグにラジオ局を開局。
・1928年 日本の岡部金次郎がマイクロ波発振器マグネトロンを発明。レーダや電子レンジのマイクロ波発生装置として使用される。
・1939年 アメリカでテレビ放送が開始。
・1954年 米国ベル研究所のピアソン、チャピンらが単結晶シリコン太陽電池を発明。

ざっくり220年前にイタリアのボルタが、食塩水に銅と亜鉛の棒を入れて繋げば電気が発生することを発見。この現象を応用してボルタが発明したのが電池。人類が電気を手に入れたということでは、エジソンよりボルタって感じでしょうか。

続いて「北海道電力株式会社 略称 北電(ほくでん)」について。

・1942年4月 電力管理法施行令改正による第二次出資として、北海道内の主要な発送電設備を日本発送電に強制出資、日本発送電札幌支店が開設される。
・1942年4月 配電統制令に基づく逓信大臣の命令により、大日本電力・北海水力電気・札幌送電・室蘭電燈の4社を統合し、北海道配電が設立される。

・1955年1月 北海道電力初の新設石炭火力発電所、砂川発電所1号機が運転開始。
・1957年11月1日 日本初の事業用ガスタービン火力発電所、豊富発電所(出力2,000kW)が運転開始(豊富町で産出される天然ガスを使用)。

・1960年3月 石炭火力発電所、滝川発電所1号機が運転開始。
・1963年2月 石炭火力発電所、江別発電所1号機が運転開始。
・1968年5月 石炭火力発電所、奈井江発電所1号機が運転開始。

・1973年11月 北海道電力初の石油火力発電所、苫小牧発電所1号機が運転開始。北海道電力初の臨海型火力。
・1974年8月 北海道電力初の揚水式発電所、新冠発電所1号機が運転開始。
・1977年4月 豊富発電所(ガスタービン火力)廃止。
・1978年5月 ガスタービン火力発電所、音別発電所1・2号機が運転開始。
・1978年11月 石油火力発電所、伊達発電所1号機が運転開始。

・1980年10月 石炭火力発電所、苫東厚真発電所1号機が運転開始(1987年に海外炭に変更)。
・1982年11月 北海道電力初の地熱発電所、森発電所が運転開始。
・1983年12月 石油火力発電所、知内発電所1号機が運転開始。
・1985年10月 北海道電力初の海外炭使用の石炭火力発電所、苫東厚真発電所2号機が運転開始。
・1989年3月 滝川発電所(石炭火力)廃止。
・1989年6月 北海道電力初の原子力発電所、泊発電所1号機が運転開始。

・1991年3月 江別発電所(石炭火力)廃止。
・1991年4月 原子力発電所、泊発電所2号機が運転開始。
・1993年4月 可変速揚水式発電所、高見発電所2号機が運転開始。GTO変換器を使用且つ可動翼ポンプ水車による可変速揚水式発電所としては世界初。
・1997年4月 国内最大容量(3,600kW・4,500kVA)のガスタービン形移動発電機車を導入。
・1998年3月 商用では世界初の加圧流動床複合発電(PFBC)方式を採用した苫東厚真発電所3号機が運転開始。
・1998年9月 日本初のオリマルジョンを主燃料とした知内発電所2号機が運転開始。

・2009年11月 苫小牧発電所1号機に天然ガス混焼のための改造実施、運用開始。
・2009年12月 原子力発電所、泊発電所3号機が運転開始。
・2010年2月 富川営業所移転。

・2011年6月 北海道電力初の太陽光発電所、伊達ソーラー発電所が運転開始。
・2011年8月 泊発電所3号機が営業運転を再開。 福島第一原子力発電所事故発生以降、原子力発電所としては初めての営業運転・再開。
・2012年9月 地熱資源量の低下に伴い森発電所の認可出力を2.5万kWに変更。
・2014年11月 総額平均19%の大幅な電力料金再値上げを実施。

・2018年9月6日 厚真町で震度7の北海道胆振東部地震が発生。苫東厚真発電所が震源地付近であったため、電力の供給が停止。その他の4箇所の火力発電所も一時発電停止。北海道の全戸が停電する。

発電施設
合計 71箇所、795万7,405kW(2017年3月31日現在)

水力発電所 56箇所、164万7,655kW
・高見発電所 静内川 ダム水路式(揚水式) 20万kW 北海道日高郡新ひだか町
・新冠発電所 新冠川 ダム水路式(揚水式) 20万kW 北海道新冠郡新冠町
・京極発電所 尻別川 ダム式(揚水式) 40万kW 北海道虻田郡京極町 3号機建設中、合計60万kW予定。
・滝里発電所 石狩川 ダム水路式 5.7万kW 北海道芦別市
・豊平峡発電所 ダム水路式 5万kW 北海道札幌市
・雨竜発電所 ダム水路式 5.1万kW 北海道名寄市

火力発電所 12箇所(計画中1箇所)、406万5,210kW(関連会社経営の発電所除く)
・砂川発電所 石炭 25万kW 3号機 4号機 12.5万kW 1982年5月 北海道砂川市 1・2号機は廃止。
・奈井江発電所 石炭 35万kW 1号機 2号機 17.5万kW
・苫小牧発電所 重油、原油、天然ガス 25万kW 1号機 25万kW 1973年11月 北海道苫小牧市 緊急設置電源は2017年10月に廃止。
・伊達発電所 重油 70万kW 1号機 2号機 35万kW 
・苫東厚真発電所 石炭 165万kW 3号機は2005年10月廃止。
・知内発電所 重油、オリマルジョン 70万kW 1号機2号機 35万kW
・石狩湾新港発電所 LNG kW 北海道小樽市 1 - 3号機計画中(CC方式、170.82万kW予定)。
・音別発電所 軽油 14.8万kW 1号GT2号GT 7.4万kW
・礼文発電所* 重油 4,450kW 北海道礼文郡礼文町 内燃力発電方式。
・沓形発電所* 重油 7,650kW 北海道利尻郡利尻町 内燃力発電方式。
・焼尻発電所* 重油 1,110kW 北海道苫前郡羽幌町 内燃力発電方式。
・奥尻発電所* 重油 4,000kW 北海道奥尻郡奥尻町 内燃力発電方式。
*苫小牧発電所と各内燃力発電所(礼文、沓形、焼尻、奥尻)の運営は北海道パワーエンジニアリングに委託されている。

原子力発電所
・泊発電所 加圧水型軽水炉 207万kW 全号機定期点検中。

沿革としてはこんな感じでしょうが、北電以前の北海道における電力事情は大っぴらにできないような歴史があります。
朱鞠内湖の雨竜第1ダムという水力発電用のための湖がありますが、過去記事に「笹の墓標」 がありますので、興味のある方はぜひご覧ください。

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開拓使麦酒醸造所



ロシアの南下政策への対抗策として1869 (明治2) 年に設置された開拓使は、殖産興業に燃える新政府の切り札として大いに期待され、外国人技師の招へいが行われて「開拓使麦酒醸造所」を含む30種以上の官営工場が開設されました。

輸入品の「舶来ビール」や横浜の外国人技師が作る「居留地ビール」が発信源となって次第に認知度が高まっていたビールは新時代を象徴する飲み物で、国内消費や輸出向けの有望なマーケットが誕生する可能性を秘めていました。

そうしたことから、ホップが自生する土地で、ビール大麦の栽培にも適しており原料の自給自足が可能なこと、低温で発酵させるための氷が入手しやすいことなど、気候風土がビールづくりに適している北海道に、政府の勧農・殖産興業政策に合致するビール醸造事業が導入されることになりました。

開拓使麦酒醸造所によるビールづくりは1876(明治9)年に醸造所の建設から始まり、1877 (明治10) 年夏には、日本人として初めて本場ドイツで修業した醸造技師中川清兵衛によって仕込まれた第1号商品冷製「札幌ビール」が、サッポロビールのトレードマークである「五稜星」★が描かれた開拓使旗 (北辰旗) を立てた船艦によって東京へと運ばれました。

開拓使ビールの発売からほぼ10年後、数知れないほどの困難を乗り越えた先駆者たちの努力によって国産ビールの総生産量はついに舶来ビールの輸入量を上回ります。
その間、サッポロビールの先駆者たちもまた、ビール醸造に適した大麦の栽培に苦心し、品種改良や栽培方法などの研究を積み重ねていきました。

なかでも、荒野を開墾して畑を耕した屯田兵とともに取り組んだ原料づくりは、彼らの功績とともに、今日の当社の「協働契約栽培」のルーツとして記憶にとどめておきたい事柄です。その後、開拓使麦酒醸造所は渋沢栄一らが経営に参画し、民間会社の「札幌麦酒会社」として新たなスタートを切ります。@ サッポロビール株式会社 会社概要より引用

札幌麦酒製造所開業式 明治9年9月

札幌麦酒製造所開業式 明治9年9月



「セイコーマートオンライン」によりますと…。

北海道池田町ブランデー使用。
ブランデー本来の芳醇な香りを味わいください。

※本製品のアルコール分の15%が十勝ブランデーです。
※原酒に限りがあるため、初回製造の約1万ケースが対象。その後はビンテージが替わる場合があります。

30年熟成させた1987年ものの十勝ブランデーを使用!

「十勝ワイン」で知られる北海道池田町で作られた、30年熟成ブランデーを使用。ブランデーが持つ芳醇でまろやかな香りをご堪能ください。

香料不使用。
ブランデーの本来の香り・味わいを楽しんでほしいから、香料は不使用。何も邪魔されないブランデーのハイボールが味わえます。

池田町30年熟成ブランデー使用 十勝ブランデーハイボール
※本製品のアルコール分の15%が十勝ブランデーです。
※原酒に限りがあるため、初回製造の約1万ケースが対象。その後はビンテージが替わる場合があります。

350ml アルコール分7%
1ケース24本入 1ケース送料:全国一律600円 4,752円

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ここからは自宅で撮影。

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それにしても、十勝池田町のワインは、昭和38年(1963)に果実酒類試験製造免許を取得し国内初の自治体経営から、すでに半世紀以上の歴史。

そのワインから作られた1987年のブランデーを原材料にしている。
30年の時を経て、寝て起きたらハイボールだなんて、ブランデーも驚いたことでしょう。(笑)

ちなみにブランデーの意味がイマイチな方は過去記事に、お酒の話し vol.4 「ブランデーって?」があります。

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個人的にハイボールってカクテルのひとつで、ウイスキーのソーダ割り=ウイスキーソーダ。
コーラで割ったらコークハイ。
その後、焼酎のチューハイも大ブレークして定着。

最近では、ウイスキーでもバーボンやスコッチも炭酸系の商品が新発売。
あ、日本酒もそうですね。(以前に書いたけど本当の生酒は天然のスパークリングですけど…)

お味は炭酸が効いてブランデーの香り…。
ビールより暑い時は特にサッパリで良いかも…。

それと何より大切なのは、北海道の酒の歴史を味わえる。
セイコーマートは元々酒に強い企業ですが、こんな商品を開発した現場の人!グッジョブです!!

企画会議で、「十勝」なのか「池田」なのかも揉めたでしょうね。(笑)
ま~。売り上げが好調であれば次もあるでしょうけど…。とりあえずご体験を。。。

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初日に行ってきました。

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予定通り、お昼少し前に到着できたので席も有ったし、出てくるのもそれなり。

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ランチメニューはこんな感じです、何を注文したのか…。
…と、その前に恒例の。。。

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オーナー?のお母さんが趣味で作っている手作りの品々。

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今回購入の一部。

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お昼に込み合う前の板前の風景。
すでにお客様が多く、すぐにカウンターも埋まりますが…。

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まずは恒例の生ビール。(笑)

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最初に来たのはメニューには無い「穴子」。
今日は有りますということで、ランチメニューのようになっています。(笑)

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シャリは小振りの握りなので、パクパク行けちゃいます。

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こちらは「うな重」のセット。

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去年は、海鮮丼で満腹過ぎて酷い目に遭ったのでちょうど良い。

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味噌汁はたぶんソイのアラだと思います。
タイとカレイの中間と言いますか、とにかく出汁が旨し。

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これまたランチメニューには無い握りを…。

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イカとホタテとウニを各二貫。

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ウニのお口直しになったようです。

久々に友の声



先日、奈良在住の友から電話があった。
旭川が洪水のニュースを知り心配してくれたとのこと。

彼が言うには最後に会ったのは2007年。
もうそんなに時が経ったのかと信じられないほどの思い出。
いろいろ話をしていると、時空を超え存在する友がたしかに居るという幸せ。

「久しぶりに北海道弁と言いますか、北海道の言葉を聞くとほっこりしました~」(奈良のイントネーションでね)

自分ではもちろん認識していないけど、よく言われます。
なぜかそう言われることが多いのですね。

ちなみにご要望があれば、090-76……へご連絡を。(笑)

まいったなぁ~。悩んでいます。



切手と言うジャンルって、ヤフオクでは単品でなかなか落札されません。
よほど貴重なものは別として、外国のものは「まとめてとか大量」でなくては捌けないような気がします。

↑大量の切手の一部を大まかに分類してファイルに入れても悩んでいます。

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↑他にもたくさんある人気の無い切手類をどう捌けるのか…。

北朝鮮 古い無目打の切手 1953年



切手には切り取り易くするための穴が空いていますが、その穴のことを目打と言います。
ところが古い切手には、その穴が無いものが多くあります。(無目打切手と言います)

この切手は、所有している北朝鮮の切手の中では最も古い1953年のものです。
紙質も悪いし、印刷もイマイチってところが素敵ですね。

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あくまでも所有の切手だけですが、1959年以降の切手は目打があります。

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