石北本線 vol.1

石北本線(せきほくほんせん)は、北海道旭川市の新旭川駅から、網走市の網走駅を結ぶ北海道旅客鉄道(JR北海道)の鉄道路線(地方交通線)です。
駅数は40駅。(他に信号場4)、全区間が北海道旅客鉄道旭川支社の管轄です。
線路名称上は新旭川駅が起点ですが、すべての普通・快速列車が旭川駅まで、特急列車は札幌駅まで乗り入れています。

旭川から網走までの路線総延長は234.0 kmですが、時刻表を見ると分かるように、広域輸送は札幌駅-網走駅間に特急「オホーツク」が4往復。

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旭川駅-北見駅間には特別快速「きたみ」が1往復運転されています。

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普通列車は…。
旭川駅-上川駅、上川駅-遠軽駅、遠軽駅-北見駅-網走駅。
多くがこの3つのエリアでの運転になっています。

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・旭川駅-上川駅間
 列車は旭川駅を起点に運転され、上川までは旭川市の近郊区間で、1日8往復程度の普通列車が設定されています。旭川駅から、東旭川駅・当麻駅・伊香牛駅間の運転系統もあります。
 
・上川駅-白滝駅-遠軽駅間
 上川駅-白滝駅間は、特急「オホーツク」と特別快速「きたみ」を除くと、普通列車が1日1往復(上川発網走行き・遠軽発旭川行きが各1本)の運転です。
 
・白滝駅-遠軽駅間
 普通列車と「きたみ」で合わせて5往復の運転。旧白滝駅・下白滝駅は1日下り1本、上り3本の停車です。

・遠軽駅-北見駅-網走駅間
 遠軽駅-北見駅・網走駅間に普通列車が4往復。 遠軽駅-生田原駅、生田原駅-金華駅間の運転系統もあります。

石北本線の歴史

石北本線の成り立ちは少々複雑です。
時系列でなるべく簡単にしてみます。

1911年(明治44年)9月25日 網走線の淕別駅-野付牛駅間開業に伴い、野付牛駅を新設。
1912年(大正元年) 10月5日 網走線の野付牛駅-網走駅間が延伸開業し、池田駅 - 網走駅間が全通。端野・緋牛内・美幌・女満別・網走駅を新設。11月18日 池田駅-野付牛駅-網走駅間を網走本線に改称。

野付牛駅が現在の北見駅だと分からないとチンプンカンプンですが、これで鉄道は十勝から北見・網走までつながりました。しかし、石北本線が全線開通するのはまだまだ先のことです。

当時、札幌から北見へ鉄道の旅をしようとすると札幌から旭川、それからなんと富良野へ向かい、さらに十勝を目指し池田から北見という今では考えられない遠回りになります。

1912年(大正元年)11月18日 湧別軽便線の野付牛駅-留辺蘂駅間が開業、相ノ内・上相ノ内・留辺蘂駅を新設。
1914年(大正3年)10月5日 留辺蘂軽便線と改称。湧別軽便線(軌間762mm)の留辺蘂駅-下生田原駅間が開業。奔無加・上生田原・下生田原駅および常紋信号所を新設。
1915年(大正4年)11月1日 湧別軽便線の下生田原駅-遠軽駅間が延伸開業。遠軽駅を新設。

※湧別軽便線(ゆうべつけいべんせん)は、国有鉄道が軌間762mmで建設した唯一の例。

1916年(大正5年)11月7日 留辺蘂駅-遠軽駅間を1067mmに改軌。野付牛駅-遠軽駅-下湧別駅間を湧別軽便線として路線統合。

これで北見から遠軽までが開通しました。

1922年(大正11年) 9月2日 軽便鉄道法廃止により湧別線に線名改称。10月1日 遠軽駅-野付牛駅間を区間分離し、石北線に編入。

一方、旭川方面はどうなっていたかと言いますと…。

1922年(大正11年)11月4日 石北線として新旭川駅-愛別駅間が開業。新旭川・東旭川・桜岡・当麻・愛別駅を新設。
1923年(大正12年)11月15日 愛別駅-上川駅間が延伸開業。中愛別・安足間・上川駅を新設。
1927年(昭和2年)10月10日 新旭川駅-上川駅間を石北西線に線名改称。
1929年(昭和4年)11月20日 上川駅-中越駅間が延伸開業。天幕・中越駅を新設。

やや遅れて、遠軽から旭川方面は…。

1927年(昭和2年)10月10日 遠軽駅-丸瀬布駅間が石北東線として開業。瀬戸瀬・丸瀬布駅を新設。
1929年(昭和4年)8月12日 丸瀬布駅-白滝駅間が延伸開業。下白滝・白滝駅を新設。
1932年(昭和7年)10月1日 中越駅-白滝駅間が延伸開業。上越・奥白滝・上白滝駅を新設。湧別線の遠軽駅-野付牛駅間を編入。新旭川駅- 野付牛駅間を石北線と線名改称。

これで旭川から北見・網走方面を結ぶ鉄道が開通しました。

全線開通後の主な変遷は…。

1942年(昭和17年)10月1日 野付牛駅を北見駅に改称。
1961年(昭和36年)4月1日 網走本線として北見-網走間を分離、石北線と統合して新旭川-網走 (234.0km)を石北本線に改称。

1986年(昭和61年)11月1日 上川- 白滝間で普通列車を1往復に削減。
1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化に伴い北海道旅客鉄道(第1種)。
1992年(平成4年)3月14日 全線で普通列車のワンマン運転開始。

現在の駅

旭川駅-旭川四条駅-新旭川駅-南永山駅-東旭川駅-北日ノ出駅-桜岡駅-当麻駅-将軍山駅-伊香牛駅-愛別駅-中愛別駅-愛山駅-安足間駅-東雲駅-上川駅

中越信号場-上越信号場-奥白滝信号場-上白滝駅-白滝駅-旧白滝駅-下白滝駅-丸瀬布駅-瀬戸瀬駅-遠軽駅

安国駅-生野駅-生田原駅-常紋信号場-金華駅-西留辺蘂駅-留辺蘂駅-相内駅-東相内駅-西北見駅-北見駅

柏陽駅-愛し野駅-端野駅-緋牛内駅-美幌駅-西女満別駅-女満別駅-呼人駅-網走駅


この路線が造られた頃の労働力、特に最大の難関とされる全長507 mの常紋トンネル。このトンネルは工期約3年を要し大正3年(1914)に開通しましたが、「タコ部屋労働」の象徴とも言えるでしょう。
昔から鉄道員がトンネルで亡霊を見たという目撃情報が多くあり、人柱伝説もありました。
その伝説が、昭和45年(1970)の改修工事の際に裏付けされることになりました。壁から立ったままの人骨や、入口付近でも大量の人骨が発見されたのです。


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