石北本線 vol.4 ~白滝駅~

「上白滝駅」の次は「白滝駅」「旧白滝駅」「下白滝駅」と続きます。

上白滝駅から白滝駅までは、3.3㎞。
さらに、旧白滝駅までは、6.1㎞。
さらに、下白滝駅までは、4.4㎞。

近いような遠いような距離ですが、歩けば1~1時間半と考えれば、駅があればなぁ~と思うような距離ですね。しかし、それは現代人の感覚なのかも知れません。
そもそも、北海道内陸部のしかも奥地までの開拓が可能になったのは、中央道路(北見道路)と呼ばれる旭川からオホーツクへの横断道路が開削されたからです。

その労働力は釧路集治監の網走囚徒外役所の囚人たちで、後に網走監獄所となります。
囚人の労働力が必要とされる所に監獄所を作る図式です。
旭川も同じような歴史がありますが、中央道路完成後に野付牛(現・北見)や湧別へ屯田兵が入植します。

明治37年(1904)から植民地の選定事業がはじまり、明治45年(1912)3月に和歌山県から54戸の紀州団体が上白滝地域に入植し、これを白滝村の開基とします。そこらへんのお話はまた後日として…。

北大雪山系の山林は木材資源の宝庫で、エゾマツ・トドマツの針葉樹はもちろん、ミズナラはじめシナ・カバ・ヤチダモなどの広葉樹も多くの需要がありました。
造林業者はもちろん、農家にとっても冬の閑散期に稼げる、物流にかかわる商いや、それらを当て込んだ商人たち…。
そんな黄金時代は昭和30年代までだったらしい。
人口は昭和33年の4,955人をピークに、合併直前の2005年9月末は1,152人。合併後にはさらに数百人が転居したそうです。



平成元年(1989)に新築された白滝駅ですが、特急「オホーツク」の2往復(1・2・6・7号)や、特別快速「きたみ」 が停車します。
駅構造は、2面3線の単式・島式の複合ホームを持ち、かつては多くの側線を有し、広大な構内だったそうです。

蒸気機関車の時代には、25‰の勾配を補機するために常に2両が待機し、ターンテーブルもあり給炭・給水作業の拠点でもあったようです。


関連記事
スポンサーサイト

COMMENT 0