小平町 ~旧花田家番屋 vol.1~

文化庁のホームページに、 「国指定文化財等のデータベース」 があります。
北海道には国宝の建造物はありませんが、重要文化財が26件あります。
「旧花田家番屋」はそのうちのひとつとして登録されています。

各棟情報
名称: 旧花田家番屋(北海道留萌郡小平町)
ふりがな: きゅうはなだけばんや
員数: 1棟
種別: 近代/住居
時代: 明治
年代: 明治38
西暦: 1905

解説文
北海道に残る大型鰊漁場建築の数少ない遺構で、ヤン衆(雇漁夫)の宿泊設備がよく残っている。巨材を豊富に用い梁組は豪壮である。北海道の風土色にあふれる建築で盛時の鰊漁を知る好資料である。



まずはこの威風堂々とした佇まい。

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構造及び形式等: 桁行29.4m、梁間22.7m、二階建、西面玄関附属、
北面東突出部 桁行10.9m、梁間6.7m北面便所附属、
北面西突出部 桁行10.0m、梁間6.2m、寄棟造、中央腰屋根付、玄関入母屋造、こけら葺
指定番号: 01819
国宝・重文区分: 重要文化財
重文指定年月日: 1971.12.28(昭和46.12.28)
所在地: 北海道留萌郡小平町字鬼鹿広富35番地2
所有者名: 小平町

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平成13年には北海道遺産にも認定されていますが、小平町では昭和46年の重要文化財指定とともに買収し、3年の年月と約1億9千万円の費用を投じて解体修復しました。その際の解体調査の結果仏間大引下の束に書かれた墨書やヤン衆寝台羽目板の落書から親方生活部分の内部造作は明治38年(壁紙下張の新聞紙の日付が明治37、38年)頃で、ヤン衆生活部部分はこれより2~3年早くできたものと推定されるとのことです。

花田家は明治29年頃山林を入手伐採し、製材業にも着手。この番屋はすべて地元「大椴」の山から切りだし三半船で海上を運び、木挽の手によって製材されたそうです。

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一歩建物の中へ入ると、外観以上の空間の広がりに驚かされます。
文化庁の資料には広さが伝わらないですが、1階は約800㎡2階が約105㎡延べで906㎡。坪で言うと1階が約240坪、延べで約275坪ですから現代の一般住宅としては7~8軒分は楽にあります。

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玄関を入り中央には「にわ」と呼ばれる土間があり、その左側には網元である親方の住居、右側は漁夫たちの生活空間、突き当りの奥には広い炊事場が配置してあります。

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このムクリのある太い梁。大椴にどれだけの大木があったのかですが、四間(7.28m)は当たり前で最長八間(14.56m)の材が使われているそうで、これらをすべて手作業で製材し小屋組みした棟梁はじめ各職人たちの技量には頭が下がる思いです。

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その他の建造物としては、「廊下」らしきものがあります。
現代の廊下のイメージとは違いますが、漁が終われば船倉で漁期中は作業場になるものです。

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ちなみに鰊場の施設としては、最低でも番屋・廊下・網倉・粕倉・雑倉…。さらに大きな網元となると米蔵や味噌倉なども設けていたそうです。

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