留萌本線 ~藤山駅(ふじやまえき)~



所在地 北海道留萌市藤山町
ホーム 1面1線
開業年月日 1910年(明治43年)11月23日

歴史
1910年(明治43年)11月23日 国有鉄道留萠線深川駅-留萠駅間開通に伴い開業。
1931年(昭和6年)10月10日 線路名を留萠本線に改称。
1962年(昭和37年)11月1日 貨物取扱い廃止。
1984年(昭和59年)2月1日 荷物取扱い廃止。完全無人化。
1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化によりJR北海道に継承。
1997年(平成9年)4月1日 線路名を留萌本線に改称。

かつてはホームが千鳥式に配置された相対式ホーム2面2線を有する列車交換可能な交換駅で、駅舎側ホーム東側と対向側ホーム西側を結んだ構内踏切で連絡し、駅舎側が上り線、対向側ホームが下り線(番線表示なし)。増毛方面から構内外側に分岐した行き止まりの側線があったそうです。

現在は無人駅で、駅舎は構内の北側に位置しホーム中央部分に接し、元々の木造板張りの駅舎を待合室のみに改築したものが現在の駅舎です。昔の写真ありました。比較してみてください。ズバッと切り取られた感があります。

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駅舎のホーム側は往時の風情が少しだけ残っています。
左が留萌方面、右が深川方面です。

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待合室は白いペンキが塗られ、より簡素感が漂います。

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天井が高い。元々なのかは不明。

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駅前には空き地があるのみで、すぐ目の前には国道233号。

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駅名の由来は、この地を開拓した農場主の藤山要吉の姓から命名されたそうです。藤山要吉はかつて小樽を中心に海運業を商っていた人物で、農場経営のために小作人とともにこの地へやってきたそうです。明治29年、この地に入植したものの、厳しい土地柄のため明治44年までに入植した112戸のうち51戸が離脱するほど開拓は困難を極めたそうで、それでも残った入植者たちは力を合わせ留萌市内でも有数の穀倉地帯へと変えたとのことです。

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