留萌本線 ~大和田駅(おおわだえき)~



大和田市街は明治期に人口3000人あまりの集落を形成し、往時は飲屋街や映画館などもあったそうです。

所在地 北海道留萌市大和田3丁目
ホーム 1面1線
開業年月日 1910年(明治43年)11月23日

大和田炭鉱と大和田駅の略歴
1899年(明治32年) メンコ炭山創業。
1903年(明治36年) 齋籐炭山創業。
1905年(明治38年) 大和田炭鉱、金喜炭山創業。
1907年(明治40年) 諸炭鉱併合し大和田炭鉱合資会社となる。
1907年(明治40年) 近隣の大和田炭砿及び斎藤炭山から留萌港へ馬車鉄道敷設。
1910年(明治43年) 国有鉄道留萠線深川駅-留萠駅間開通に伴い開業。
1918年(大正7年)~1924年(大正13年) 北海炭業大和田炭砿が積込場を設置。留萌港への馬車軌道を廃止し積込場までに切り替え。
1925年(大正14年) 北海炭業大和田炭砿閉山。
1931年(昭和6年) 線路名を留萠本線に改称。
1938年(昭和13年) 株式会社寿炭鉱大和田鉱業所創業、積込場設置及び専用線敷設。
1951年(昭和26年) 寿炭鉱の大和田以外の事業所が閉鎖となり株式会社大和田炭鉱となり丸の内より大和田へ移転。
1957年(昭和32年) 寿炭砿専用線廃止。
1959年(昭和34年) 閉山、会社は解散
1960年(昭和35年) 貨物扱い廃止。
1984年(昭和59年) 荷物扱い廃止。同時に出札・改札業務を停止し旅客業務について無人化。
1986年(昭和61年) 閉塞合理化に伴い完全無人化。
1980年代後半 駅舎改築、貨車駅舎となる。
1987年(昭和62年) 国鉄分割民営化によりJR北海道に継承。
1997年(平成9年) 線路名を留萌本線に改称。

かつては島式ホーム1面2線を有する列車交換可能な交換駅で、駅舎側(南側)が上り線、駅舎の反対側が下り線。駅舎とホームはホーム北側を結んだ構内踏切で連絡し、上り線の深川方面から分岐し駅舎東側への行き止まりの側線があったそうです。

現在は無人駅で、「ヨ3500形車掌車(改)」の貨車駅舎になっています。ホームから少し離れた位置の旧駅舎の基礎の上に設置されています。

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左が留萌方面、右が深川方面。
ホームから駅舎と駅前の風景。かなり高低差があります。

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駅舎の中には地元の方が作ったものでしょうか、ベンチに座布団?が敷いてありました。

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ノート。

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ちょうど列車が来ました。

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ディーゼルの排気。

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ホームの両方向ともカーブになっています。

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