「三菱大夕張鉄道」車両保存地

夕張に行ったら、ついでに鉄道関連も見たいなぁと思ってネットで調べた。

「お~石炭の歴史村って、SL館があるんだぁ~、4号機が保存かぁ~」
「炭鉱(やまの)生活館かぁ~、ここも見てみたいなぁ~」

…でワクワクしながら行ってみたら、やってなかった。。。
まったく残念な夕張の一面を見た思いでした。

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有名な「炭鉱から観光へ」のフレーズ。その他にも…。

「石炭産業に未来はない」、
「夕張は石炭政策転換の犠牲になったのだから、国が振興策に責任を持つべきだ」
「自治体は倒産しない。借金には国の保証がある」
「分不相応の投資をしなければ、夕張市は再生しない」

こんな発言をしたのは、1979年(昭和54年)から2003年(平成15年)まで6期24年の長きに渡り、夕張市長を務めた中田鉄治元氏です。国の閉山対策資金を活用して様々な事業を展開し、第三セクターや公営企業に金融機関から借り入れさせて市が債務保証する公式の会計外の資金調達手法、俗に言う「ヤミ起債」も行われていたという。

たぶん北海道民なら多くの人が耳に残っている、「バ~リバリ~ゆ~ばり~!」のサウンドロゴ。
しかし、結果的には夢のまほろば…。同じく旧産炭地の芦別にある赤毛のアンの「カナディアンワールド」同様、廃墟への一途のようです。

もう一つ記憶にあったのが、「三菱大夕張鉄道保存会」のサイトです。こちらは地元の方々が保存活動をしているようですが、シューパロ湖方面の南部にあるという曖昧な記憶を頼りにそちら方面へ向かってみました。

「お~これまたリアルな炭住があった~」とか、「駅が保存されているんだなぁ~」。
(※廃線跡だと思い込んでいたので…。)

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しばらく走ると、道路沿いに微かな記憶の南部の文字が確認できましたが、 「万字」と同じように、次から次へと南部〇〇が…。

調べてみると。またこんな感じでした。

南部青葉町(ナンブアオバチョウ)
南部東町(ナンブアズマチョウ)
南部遠幌町(ナンブエンホロチョウ)
南部大宮町(ナンブオオミヤチョウ)
南部菊水町(ナンブキクスイチョウ)
南部幌南町(ナンブコウナンチョウ)
南部新光町(ナンブシンコウチョウ)
南部住の江町(ナンブスミノエチョウ)
南部岳見町(ナンブタケミチョウ)
南部夕南町(ナンブユウナンチョウ)
南部若美町(ナンブワカミチョウ)

なぜ炭鉱地には多くの町名が残っているのか、謎ではあるものの、何かのヒント。。。
ま、それでも一本道なので、何とかたどり着きました。

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ただ単に静態保存しているのではなく、保存の現在進行形を感じる空間ですが、その前に「三菱南大夕張炭鉱」のことをサラッと。基本はWikipediaからの引用抜粋なので悪しからずご了承をお願いします。

「三菱南大夕張炭鉱」は、石炭産業の合理化が進む中で鉄鋼コークス用原料炭を確保するために、三井三池有明鉱・北炭夕張新炭鉱などと共に開発された。集中保安監視システム、ホーベル、エアー・ブラスター(空気発破)など最新鋭の技術が採用され、高能率を誇ったが、海外からの低価格の原料炭輸入に抗しきれず1990年に閉山した。

1966年 南大夕張開発事務所設置。三菱南大夕張新炭鉱開発着手
1969年 石炭鉱業部門を三菱大夕張炭礦(株)、三菱高島炭礦(株)に分離
1970年 三菱南大夕張炭鉱営業出炭開始
1973年 三菱大夕張炭礦(株)、三菱高島炭礦(株)が合併し三菱石炭鉱業(株)発足
1985年 三菱南大夕張炭鉱でガス爆発事故、死者62人。
1987年 三菱南大夕張炭鉱の合理化により三菱石炭鉱業大夕張鉄道線廃止
1990年 三菱南大夕張炭鉱閉山

同じく、「三菱石炭鉱業大夕張鉄道線」の歴史ですが、夕張市の清水沢駅と大夕張炭山駅を結んでいた三菱石炭鉱業の鉄道路線で、「三菱大夕張鉄道」「大夕張鉄道線」などともよばれていたそうです。

1911年(明治44年)開業時の大夕張炭礦専用鉄道が三菱合資・三菱鉱業に代わり、延長される。
1939年(昭和14年)三菱鉱業株式会社線(清水沢 - 大夕張炭山)として地方鉄道に改組・開業。
1950年(昭和25年)美唄鉄道株式会社の吸収により「三菱鉱業大夕張鉄道」となる。
1956年(昭和31年)三菱鉱業大夕張鉄道線となる。

沿線炭鉱の石炭輸送や、森林鉄道の林産品の輸送と共に、昭和30年代後半まで沿線住民にとって貴重な足であったが、1969年(昭和44年)10月には三菱大夕張炭礦株式会社、1973年(昭和48年)12月には三菱石炭鉱業株式会社に譲渡され、相次ぐ閉山・合理化により1987年(昭和62年)7月に廃止された。

この路線の駅は、清水沢駅-新清水沢駅-遠幌駅-南大夕張駅-シューパロ湖駅-(臨)農場前駅-明石町駅-千年町駅-大夕張駅-大夕張炭山駅でした。
廃止後は、鉄道の痕跡は確実に消滅しつつあるものの、南大夕張駅跡には三菱大夕張鉄道保存会により、客車スハニ6・オハ1・ナハフ1・貨車セキ1・セキ2・キ1他、保線車両が三菱大夕張鉄道保存会により保存されています。

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現役時代のお姿。

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こんな趣味のスペースが欲しいなぁ~。

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ちなみに2001年に「空知の炭鉱関連施設と生活文化」として北海道遺産として指定され、2007年11月30日には経済産業省より近代化産業遺産として認定されました。

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懐かしいな。こんな客車に乗った記憶があります。

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延べ何人の人々が触れたのだろうか…。
こんなところに郷愁を感じてしまう。。。

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2008年1月から、財政破綻で職員数が半減する夕張市に派遣された「鈴木直道」氏。
後に全国最年少の30歳1ヵ月で市長に就任します。

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負の遺産の数々はあるものの、温故知新の発想も必要だと思います。
良くも悪くも「夕張」は高名であるのですから…。

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何気ないこんなバス一台だって、バス好きにはたまらないと思います。



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