札幌の有形文化財 「水木清華亭」

札幌の有形文化財 「水木清華亭」

「開拓使(かいたくし)」は、北方開拓のために明治2年(1869年)7月8日から明治15年(1882年)2月8日まで存在した、省と同格の中央官庁の1つです。

黒田清隆は、明治3年(1870年)に設置された「樺太開拓使」専任の開拓使次官となり、黒田の建議により明治4年(1871年)8月19日に10年間で1,000万円という大規模な予算計画、いわゆる「開拓使十年計画」が決定します。
明治4年(1871年)10月15日に開拓使長官の東久世通禧が辞任した後は、次官のまま北海道開拓使のトップになり、明治7年(1874年)8月から明治15年(1882年)2月までは第三代開拓使長官でした。

この「開拓使」の時代に、北海道の開拓は一気に、そして確実に進みましたが、今回は「清華亭」のお話です。
まずは、 Googleマップ を見ていただくと(ストリートビューで…)分かりますが、「清華亭」は市街地のビルに囲まれた小さな建物です。

当時の写真(所蔵 北大付属図書館)があります。

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実はこのエリアには、「偕楽園」という広い敷地の公園があったそうです。

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少し脱線しますが、公園について面白い話があります。現代では皆様の周りにもいろいろな公園があるかと思いますが、明治初期の日本には公園がありませんでした。正確に言うと「公園」という言葉が無かったのです。

時の政府は、明治6年1月15日に「太政官布達第十六号」という通達を出します。

三府ヲ始、人民輻輳ノ地ニシテ、古来ノ勝区名人ノ致跡地等是迄群集遊観ノ場所(東京ニ於テハ金竜山浅草寺、東叡山寛永寺境内ノ類、京都ニ於テハ八坂神社境内嵐山ノ類、然テ此等境内除地或ハ公有地ノ類)従前高外除地ニ属セル分ハ永ク万人偕楽ノ地トシ、公園ト可被相定ニ付、府県ニ於テ右地所ヲ撰シ其景況巨細取調、図面相添大蔵省ヘ可伺出事
明治六年一月十五日   太 政 官

「古来から景勝地とか名所旧跡といわれるところは公園として申し出てね」
「たとえば、東京だと浅草寺や寛永寺とか、京都は嵐山なんかは公園にするといいね」

…ということで、東京府は太政官布達の翌日に、公園候補地として金竜山浅草寺・三縁山増上寺・東叡山寛永寺・富岡八幡社等の境内地・飛鳥山の五ヶ所を選んで大蔵省へ申し出ます。結果は飛鳥山を除いた他の4ヶ所が、同年3月に正式に公園として指定されました、これが法律的には日本初の「公園」になります。※「日本初の洋式公園」として明治3年(1870)に居留外国人によってつくられた横浜の山手公園があるようですが。。。

さて、「偕楽園」は明治4年に開設されたそうですが、製物場(工業試験場)・育種場(農業試験場)・鮭孵化場(当時はここまで鮭が上っていた)、その他にも仮博物場( H .ケプロンの提案により明治10年に完成した北海道初の博物館)・競馬場などが設けられていたそうです。現在でも「清華亭」は道路一本挟んで広大な北大のキャンパスで、国の重要文化財なども多く、このエリアをじっくりと知ることも楽しいかもしれません。

「清華亭」の説明に、明治14年には明治天皇の札幌行幸の際のご休息所ともなり、現在の敷地の中に記念碑が建立されています。とよく見かけます。

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確かにそうなのですが、ニュアンスとしては違和感があります。
「開拓使十年計画」の最終章ともいえる時期に、明治天皇にその成果をご覧いただくために、札幌行幸が計画されたのではないのかと思います。
設計は開拓使工業局、工期は約8ヶ月で明治13年(1880)6月に竣工しました。並行して豊平館も建築が進められましたが、豊平館は札幌行幸の際に天皇の宿泊所として使用され、明治天皇が記念すべき最初の宿泊客だそうです。

庭園については、御雇い外国人のルイス・ベーマーなどの指導で整備されたそうで、建物同様和洋折衷の庭だったのでしょうか。

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玄関の妻飾りには開拓使のシンボルである「北極星」(五光星)がくり抜かれています。棟飾りも当時の意匠が残っています。(復元したものかどうかは判りません)

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詳しい説明も屋内には展示してあるかとは思いますが、外の説明書きでは判りません。(笑)

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路駐なので、ササッと見学することにしました。

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改造工事中?本当にササッと…。

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間取りは、洋間・和室それぞれ一部屋。土間付きの台所・玄関・納戸・便所。
玄関から廊下の奥に和室、右手に洋間がありました。
洋間は約16畳で、この時代に輸入住宅アイテムのベイウインドウがあるなんて素晴しい。

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年表
1880年(明治13年)6月 完成。
1881年(明治14年)9月1日 明治天皇が清華亭で休息。
1897年(明治30年)1月 対馬嘉三郎が払い下げを受ける。
1929年(昭和4年) 清華亭保存会が清華亭の管理を始める。
1933年(昭和8年)8月 清華亭保存会が市に清華亭を寄付。
1933年(昭和8年)11月3日 「明治天皇札幌御小休所」として国の史蹟に指定。
1948年(昭和23年)6月29日 上記の史蹟指定が解除。
1959年(昭和34年) 清華亭遊園が設けられる。
1961年(昭和36年)6月7日 札幌市の有形文化財になる。
1977年(昭和52年) 清華亭の復元・修復工事がはじまる。
1978年(昭和53年) 工事完了。

オマケ

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