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北海道旅客鉄道(JR北海道) 根室本線 幾寅駅 vol.2 ~ホームの風景と駅の変遷~

北海道旅客鉄道(JR北海道) 根室本線 幾寅駅 vol.1 ~駅舎 外観 ~ :: 2014/11/11(Tue) にも書きましたが、南富良野町は1908年(明治41年)に、下富良野村(現 富良野市)から分離・独立しました。

富良野の南だから「南富良野」は、誰でもイメージしやすいのですが、「幾寅」となるとどうでしょう。
地名はアイヌ語由来で、「ユク・トラシ・ペツ」の音から「幾寅」になったという説が有力です。
その意味は、「鹿の上る川」とされています。

面白いのは、幾寅の次の駅に「東鹿越駅(※旧鹿越信号場)」がありますが、「アイヌ語の音」と「意味の訳」が地名になった駅が隣り合っているのは他にないかもしれません。

さて、現在の幾寅駅のホームは、単式 1面1線ですが、かつては島式2面2線で、貨物線も数本あったそうです。

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左、根室方面。右、富良野方面です。

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珍しいのは、元々は線路の南側にあった駅舎が火災により北側に移転したそうで、現在の駅舎は線路の北側(根室方面に向かって左側)に位置しています。

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築堤上のホームと駅舎は、手作り感満載の階段で連絡しています。

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幾寅森林軌道の駅土場は駅舎から東側にかけて設けられていたそうで、軌道廃止後も昭和20年代までは駅裏土場と併せて木材搬出土場として利用されていたそうです。

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ホームから東側の風景です。
映画「鉄道員(ぽっぽや)」のシーンでも登場する、「腕木式信号機」があります。

・幾寅駅の変遷
 1902年(明治35年)12月6日 北海道官設鉄道十勝線の駅として開業。
 1905年(明治38年)4月1日 国有鉄道に移管。
 1909年(明治42年)10月12日 十勝線と釧路線を統合して釧路線に制定。
 1913年(大正2年)11月10日 線路名を釧路本線に改称。
 1921年(大正10年)8月5日 線路名を根室本線に改称。幾寅久住駅間に幾寅森林軌道(馬鉄)14.7km開業。
 1928年(昭和3年) 幾寅森林軌道廃止。
 1933年(昭和8年) 2月 駅舎全焼。6月 駅舎を南側から北側へ移転再建。
 1982年(昭和57年)11月15日 貨物扱い廃止。
 1984年(昭和59年) 2月1日 荷物扱い廃止。12月1日 無人化。
 1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化により北海道旅客鉄道に継承。
 1994年(平成6年)4月1日 釧路支社管轄から本社鉄道事業本部管轄に変更。
 2003年(平成15年)4月1日 簡易委託廃止、完全無人化。

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