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北見ハッカ記念館 vol.1 ~建物と過去記事一覧~

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数年ぶりに北見のハッカ記念館に行ってきました。

明治35年頃から生産が始まり、昭和14年に全盛期を迎え、世界薄荷市場の約70%を占めるまでに成長した北見の薄荷。日本の薄荷産業に大きく貢献したのが、昭和9年開業の「ホクレン北見薄荷工場」です。
平成19年11月30日には、経済産業省より日本近代化産業遺産として認定されました。

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(北見市指定文化財第11号 平成8年7月8日指定)
(日本近代化産業遺産 平成19年11月30日指定)

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小林篤一と三輪龍揚の銅像。

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小林篤一(こばやし とくいち)兵庫県出身、明治43年美唄に入地。大正8年、北海道信用購買販売組合(現ホクレン)役員に就任し後に会長となるホクレンの創立者。
三輪龍揚(みわ りゅうよう)熊本県出身、札幌農学校(現北海道大学)を卒業後、日本勧業銀行勤務、昭和7年北海道信用購買販売組合会長に就任。ハッカ生産者の利益を守るためハッカの統制販売を導入、ハッカ精製及び製品化の必要性を訴えハッカ工場建設に尽力。

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ベンチの左奥には、数種類の和薄荷がありましたが、前庭には「ほくと」と「ほうよう」…。

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建物の裏側も…。
なんとも引き付けられる洋風の仕様。

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北見薄荷工場は、昭和9年8月の落成(請負人 札幌 田中組)で、翌年に同工場の事務所兼研究所として建てられたのが、この「ハッカ記念館」の建物です。
昭和58年に工場は解体されますが、この建物はホクレン農業協同組合から北見市に寄贈されました。
昭和61年からは、第二の人生として「北見ハッカ記念館」として公開されています。

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当ブログ内にある、「薄荷・ハッカ・はっか」で検索した過去記事。
※関連の薄いモノや、この他にもれているものもあると思いますが…。

↓新しいものから、過去に遡ります。。。

「北海道滝上町「香りの里」フォトムービー」
YouTubeに『北海道滝上町「香りの里」フォトムービー』をアップしました。曲は今回もフリー音楽素材 「甘茶の音楽工房」 さん。リクエストもいただいていますが、なぜか「滝上=たきのうえ」を作った。(笑)2003年撮影のものですが、去年撮ったとしても同じような風景かも…。ただ、薄荷関連が増えると思いま…

「遠軽と遠軽駅 と 「どらまき」」
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「滝上のハッカ」
最盛期には全世界の七割ものシェアがあった北見のハッカ。その後は輸入品や合成香料におされ衰退しますが、暫しの時を経て復活の兆しです。ま、北見がと言っても正しくは北見周辺で栽培されたハッカが北見に集約されたですね。現在は、北見周辺でもハッカが栽培されているようですが、農業的には滝上の方が元気があるようで…

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「士別市立博物館 vol.2」
明治以前の天塩川の様子を伝えるものとしては、松浦武四郎の「天塩日誌」が有名です。安政四年(1857)6月に、天塩川河口から源流近くまでを探検した記録です。武四郎は、石狩川河口から日本海を北上し天塩川河口に至ります。その後は川筋をたどり、天塩川の本流や支流を探検し、源流近くまで到達します。日誌の内容…

「和薄荷 ~すずかぜ~」
これは6月10日のお姿。2011’06.10・Fri和薄荷 ~すずかぜ~こんなに立派になりました。解り難いでしょ。ふふとっても大きくなって…。やはり土だね。間違いない…

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「和薄荷 ~すずかぜ~」
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「涼風」
ちょっと心配していたものの、新芽確認。すずかぜ=涼風=北交2号は、昭和29年(1954)に品種決定された薄荷です。すずかぜの両親は、中国種「南進」と倶知安地方の在来種「ほくしん(北進)」らしいですね。耐倒伏性・耐冬性にすぐれ、増殖率も高く、多肥栽培に向く品種とあります。どんどん増やしたいなぁ~。去…

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芽出しはラベンダーと似ている「ミヤマハタザオ(と思われる)」。どんなに雑草と嫌われたり無視されていたって、♪僕らはみんな生きている~…。心を込めて写真に残そうと思いました。可愛くって好きなんですけど、どうやって種が飛ぶのか不思議なのです。何百もある鉢やポットの中に、毎年かならず顔を出します。場所に…

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「夏の思い出 2010 ~仁頃はっか公園~」
平成の大合併で巨大化した北見市ですが、北見と言えばハッカ(北見の場合カタカナ表記?)ですね。北海道の薄荷栽培は歴史的には明治の中頃に旭川及び近郊に拡がり、湧別や遠軽地方で盛んになります。その後北見で主要農作物となり最盛期の昭和初期には、生産量が世界市場の7割を占めていたそうです。(以前の記事に9割と…

「和薄荷 ~すずかぜ~」
スペアミントやペパーミント…そんなミント類も大好きだけど。和薄荷はまったくの別物で、その奥深い香りやお茶にした時の味わいは洋種にはありません。今年は五株だけの挿し芽で、ひとつは北関東へ旅立ちダメになったようですが、来年はたくさん増やしましょう。北海道でたくさんの品種が育成されたハッカ。一時は世界の…

「今年最初」
Wikipedia最近「歴女」とか言いますけど 「歴男(れきお)」とは言いませんね。さてさてNHKの大河ドラマもはじまりました。坂本龍馬の役が福山雅治ですもの こりゃ~ますます人気も高まりそうですね。ご存知のように龍馬は若くして亡くなってしまいますが 北海道への移住計画を実行した事はあまり知られて…

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「ラベンダー実生と和薄荷」
このお盆休みは超インドア派…引きこもりと言ってもいいほどの生活パターンだったりして。ま お天気のせいにするのも申し訳なく 庭の植物達にご挨拶。雑草に覆われた 我 「NaturalGarden」 たはは。今年も? 水遣りもままならぬ管理で枯らしたものもあるけれど ある意味究極の実験でもあります。枯れ…

「和薄荷の花」
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「春気分」
今日の夕方 旭川から見える大雪や十勝岳の山々はとても素敵でした。たぶん今期最高とも言える山の風景かもしれません。朝はダイヤモンドダストがキラキラだったし 三連休で美瑛を訪れた方々にっては至福の一日だったかもしれませんね。あずさんは撮りには行けなかったけど見れただけでも幸せです。(大人な意見…ふふ)ま…

「和薄荷の世界」
昔からなぜかミントが大好き。スペアミント ペパーミント アップルミントにはじまりいろいろ栽培していた時期もあったけど…ハッカを知ってしまうとミントとハッカの魅力は別世界。最盛期にはなんと世界中で9割以上のシェアを占めた事もある北海道の薄荷。しかし その後合成香料の出現やブラジル・中国産など外国で安価…
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