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赤平市 茂尻駅と炭住

赤平市(あかびらし)は空知の旧産炭地です。
赤平市の人口は、11,383人(住民基本台帳人口、2014年12月31日)。
かつては石炭産業で栄え、最盛期の1960年には59,430人の人口がありました。

1918年 茂尻炭礦開坑
1922年4月1日 歌志内村より分立、空知郡赤平村施行。二級町村に指定
1929年4月1日 一級町村に移行
1937年 昭和電工豊里炭砿開坑
1938年 住友鉱業赤平炭砿・北海道炭礦汽船赤間炭鉱開坑
1943年 2月11日 町制施行 6月1日 北海道一級・二級町村制廃止
1954年7月1日 市制施行

この町も炭鉱があるから独立しましょうの図式ですね。
しかし、その後は…。

1967年 昭和電工豊里炭鉱閉山
1969年 雄別茂尻炭鉱閉山
1973年 北海道炭礦汽船赤間炭鉱閉山
1994年 住友石炭鉱業赤平炭鉱閉山

ちなみに赤平出身の著名人には…。

34代目式守伊之助(元大相撲立行司)や、ミスターこと鈴井貴之(CREATIVE OFFICE CUEの取締役会長)、「涙をふいて」の三好鉄生。

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赤平発展の原点「茂尻駅」は根室本線、滝川起点から17.2km。1面2線の島式ホームを持つ無人駅です。駅舎へは階段を上っていかなければ行けません。ちなみに「茂尻駅」は「もしりえき」、地名の「茂尻」は「もじり」で、郵便局も歯医者さんも「もじり」です。

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上に行けるかと近くの踏切へ…。

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上記の歴史だけでは解りにくいので茂尻炭鉱のみの歴史…。

大正7年 大倉鉱業により開坑。
昭和6年 茂尻炭鉱株式会社として独立。
昭和10年 三菱鉱業株式会社が買収し雄別炭鉱鉄道株式会社茂尻鉱業所。
昭和21年 雄別炭鉱鉄道株式会社は三菱鉱業株式会社より独立。後に雄別炭鉱株式会社と社名変更。
昭和44年4月 ガス爆発事故。
      8月 茂尻炭礦株式会社柏炭鉱として分離独立し露頭炭の採掘のみ行う。
昭和49年 石炭採掘終了。

茂尻駅は、茂尻炭砿を開坑するに当たり、当駅の開設及び同社の資金による選炭場までの岐線の敷設許可を申請。

1918年(大正7年) 12月28日 国有鉄道の貨物駅として開業。
1926年(大正15年)7月15日 旅客・荷物の取扱いを開始し一般駅。
1929年(昭和4年)12月26日 萬慶坑、辨慶坑、一之沢坑の各坑口より選炭場までの馬車軌道が電車軌道となる。
1974年(昭和49年)10月24日 茂尻炭礦柏炭鉱閉山。岐線廃止。
1976年(昭和51年)2月1日 貨物取扱い廃止。
1982年(昭和57年)5月30日 荷物取扱い廃止。
1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化によりJR北海道に継承。

茂尻駅の西側にある春日町のエリアには炭鉱住宅が現存しています。

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↑この集合煙突に汲み取り便所の古い建物は閉鎖されているようです。
↓こちらは炭住なのか市営住宅なのか判りませんが、現役です。

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もっと古い時代の建物もありましたが、撮影は自粛しました…。
ちなみに、ストリートビュー で確認はできます。

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