タツタソウ



ネット上には…、

・日露戦争当時に、戦艦龍田の乗組員が黄河流域から持ち帰ったといわれる。
・日露戦争の際、軍艦竜田の乗組員がこの草を持ち帰ったため。

そんなコピペが蔓延していますが、そもそも戦艦や軍艦として龍田や竜田が存在していたのか…。

大正時代に建造された「巡洋艦龍田」という艦がありますが、明治時代の日露戦争とは関係ありませんね。
ではそれ以外に無いのかと調べてみると、日露戦争当時の通報艦に龍田という艦がありました。
戦艦とは違いますが、海軍の船ですから軍艦ですね。

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タツタソウ たつたそう / 竜田草
[学]Jeffersonia dubia (Maxim.) Benth. et Hook. f.

メギ科の多年草。原産は朝鮮半島北部、中国東北部、アムール地方で、日本には1904年(明治37)にもたらされた。草丈は9~30センチ。葉は全部が根生で、長い赤黒色の葉柄を備え、ほぼ円形となり、直径約5センチ。葉の先端はくぼみ、基部は深く湾入する。早春に淡紫色の花を単生する。根茎は黄色で、アルカロイドのベルベリンを含有するため、黄連(おうれん)の代用とする。和名の由来は、日露戦争のとき、軍艦「竜田(たつた)」の乗組員が黄河流域で採集し持ち帰ったことによる。また、葉の形からイトマキグサ(糸巻草)ともいう。漢名は鮮黄連、鉄線草。@日本大百科全書

もう少しこだわっておきたいのですが、龍田(たつた)の名が付いた艦は日本海軍に2艦ありましたが、「巡洋艦龍田」は「タツタソウ」とは無縁で、起工1893年4月7日の「龍田」は、奈良県を流れる竜田川由来で、日本海軍の通報艦。
その後、雑役船として「長浦丸」(潜水艇母船)、特務艇に編入され潜水艦母艇に類別「長浦」(潜水艦母艇)と変遷します。

日露戦争では、旅順攻略作戦・黄海海戦・日本海海戦等に参加しています。
・1912年8月28日 一等砲艦に類別を変更。
・1916年4月1日 除籍、12月9日雑役船に編入され潜水艇母船に指定、「長浦丸」と改名。
・1920年7月1日 特務艇に編入され潜水艦母艇に類別、「長浦」と改名。
・1926年3月12日 再除籍され、4月6日に売却。

おそらくこの戦争の時に持ち帰ったであろうもののひとつが「タツタソウ」…。
こんな感じかもしれませんね。

この艦の司厨長が醤油を基本とした調味液に漬け込んだ鶏肉に、不足がちだった小麦粉の代用として片栗粉をまぶして唐揚げ風に揚げた料理を発案し評判を呼び、これが「龍田式唐揚げ」として海軍に広まる。
これが現在の「竜田揚げ」の由来であるという説もあります。(諸説有り)

脱線しましたが…。

↑は5/1撮影。
↓は5/4撮影。

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