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旭川市東鷹栖 ~興国神社~



東鷹栖の「興国神社」と聞いても、旭川市民の多くは知らないでしょう。
以前にも書いたような…、記憶が曖昧ですが「松平農場」由来の神社です。

明治27年に、伯爵の松平直亮(まつだいらなおまさ)が鷹栖村に松平農場を開設し、同年に出雲大社・松江神社を勧請して鎮祭。

昭和12年には農場開放が行われましたが、一冊の本になるほどの歴史があります。

神社としては…。
・昭和13年7月14日神社創立出願。
・昭和14年8月4日内務省令13北第6号で創立を許可。
・昭和15年2月15日神社創立完了届出。
・昭和28年 神社庁所管の宗教法人となり現在に至る。

さてさて、ここの狛犬はどんなでしょう。

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なんとも可愛らしい。

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昭和八年六月…?の建立でしょうか。 

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・大正8年8月11日、伏見宮博義王殿下、華頂宮博忠王殿下
・大正9年8月3日、久邇宮邦久王殿下、久邇宮朝融王殿下

御参拝の上、松の御手植の碑など…。
内田氏は、この農場の管理人的存在です。

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「庚申塚」は、「こうしんづか」と読むそうで、中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔のことだそうです。

庚申講を3年18回続けた記念に建立されることが多く、庚申講(庚申待ち)とは、人間の体内にいるという三尸虫という虫が、庚申の日の夜寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告しに行くとされ、それを避けるためとして庚申の日の夜は夜通し眠らないで天帝や猿田彦や青面金剛を祀り、勤行をしたり宴会をしたりする風習とのこと。

ま~詳しくは理解できていませんが、当時は大切な風習だったのでしょう。

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昔は水が流れていたのでしょうか、現在は窪地に橋が掛かっているだけですが…。

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それなりに大木が残っています。
「エゾエンゴサク」や「キバナノアマナ」も咲いていました。

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