中頓別の蒸気機関車 「49648」



これまた未アップネタになります…。
2011年の夏の風景です。

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中頓別町のはずれ、国道沿いに「寿公園」があります。
なぜか「F104J戦闘機」や、錆びたSL「49648」が展示されているのを通りすがりに見た記憶がある方がいるかと思います。
調べてみると、中頓別町振興公社が管理のようですね。

確かこの年の春に化粧直ししたと思います。以前のも撮っていたはず…。

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「寿(ことぶき)」と言うのは、地名であり駅名です。
中頓別から4.1kmの、枝幸郡中頓別町字寿にあったのが、「天北線」の「寿駅」。

沿革
・1955年(昭和30年)12月2日 日本国有鉄道北見線の寿仮乗降場(局設定)として開業
・1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化によりJR北海道に承継。同時に駅に昇格。寿駅。
・1989年(平成元年)5月1日 天北線の廃線に伴い廃止。

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保存状態は屋外であるものの、それなりに頑張っています。

「49648」の歴史
1920-09-07 川崎造船所兵庫 NO.601 新製 配属 札幌局配置
1920-12-10 札幌局→倶知安庫
1921-08-24 倶知安庫→下富良野庫(現 富良野)
1921-09-09 下富良野庫→倶知安庫

1923-11-29 12:04頃、函館本線塩谷駅に貨112レ(49696+貨車29輌+本機)の後補機として進入する際に、注意信号あることを本務機乗務員が汽笛合図で本機に通知し、その後場内信号進行現示を確認し再び汽笛にて制動解除を合図するも本機乗務員はその合図を感知せず制動を維持したため、2輌目の貨車ワ56749の連結器取付部が破損し列車分離のうえ脱線転覆する事故発生 死亡1

1925-05-27 倶知安庫→小樽庫
1926-08-17 小樽庫→野付牛庫(現 北見)
1927-10-03 野付牛庫→旭川庫
1930-09-08 旭川庫→岩見沢庫
1932-10-05 岩見沢庫→名寄庫
1934-11-26 名寄庫→渚滑庫
1937-12-30 渚滑区→遠軽区
1948-10-24 遠軽区→名寄区

1954-04-01 特別休車指定 名寄区
1954-11頃 特別休車指定解除 名寄区
※戦後に多くの機体が特別休車となったが、戦後の検査修繕機能が万全でないため、多くの機体が検査回帰期限切れとなるが、廃車にせず検査順番待ち。

1970-03-31 名寄区 北海道仕様切り詰めデフ(長さが煙室端まで) 旋回窓・前照灯副灯取付
1975-05-05 宗谷本線(旭川方)臨客SLさようなら列車8221レ(本機+39679+PC6輌)牽引 旭川-名寄間
1975-05-17 名寄区→滝川区 その後追分区に貸渡
1976-03-02 追分区有火予備機として国鉄蒸気最終日を終える
1976-03-31 廃車(追分区) 追分区最終在籍SLの1輌・形式最終廃車機の1輌(動態保存機を除く国鉄最終在籍SLの1輌)走行距離2,440,905km
1976-05   4/13に発生した追分区扇形庫内の不審火による79602の焼失で急遽代替保存機対象となる
1976-06-02 中頓別駅に回着後側線留置
1976-08-26 大型トレーラーにより保存場所の寿公園に移動、翌日設置
1977-01-15 旭川鉄道管理局長と中頓別町長との間で無償貸与契約締結

※参照
デゴイチよく走る! <機関車データベース>

それにしても大正9年生まれで、昭和54年の引退までの56年間、地球を約60周走ったのかぁ~。
すごいなぁ~。

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