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天塩川歴史資料館 vol.2

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順路を追って…。
ニシン漁や、船大工の道具類。

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そう言えば、松浦武四郎の足跡をと天塩川河口まで行ったのに、すっかり忘れました。(笑)

幕府から西蝦夷地警備を命じられた庄内藩は、ハママシケ(現 浜益)に303人、ルルモッペ(現 留萌)に32人、トママイ(苫前)に129人、そしてこのテシホ(天塩)にはたったの16人。
原代官とは、幕末の文久元年(1861)から2年間天塩へ赴任した、庄内藩代官の原半右衛門。

文久3年(1863)の2~4月の2か月の出来事が、「蝦夷地日誌」として克明に残されています。
野菜を自給しようとニラ栽培してみたり、ネマガリタケのタケノコや、セリ・ウド・ワラビ・フキ・ボウフウ・ヨモギ…などの山菜。
カモやツグミを食べたとか、天売・焼尻島から帰参した者が、カモメかオロロン鳥の卵を9個持って来たとか…。

過去の関連記事

・「浜益」
・「荘内藩ハママシケ陣屋跡」
・「one day trip ~ 留萌・増毛・浜益 海鮮丼と歴史を味わう旅 ~」

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開拓期からの展示。

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昭和初期は天塩にとって最盛期だったのかな。

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大好きなジオラマ。街並み編。

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さらに大好きな屋号コレクション。(笑)

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