三菱美唄炭鉱 東明駅 4110形式2号



4110形式2号は、大正8年(1919)11月、美唄鉄道の注文により三菱造船㈱神戸造船所の製造。

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この車両も駅舎同様、地域の皆様に愛されているのでしょう。
幸せな一台です。

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できればもう少し鉄道施設があればと思います。

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ついでに、炭住(炭鉱住宅)が残っている地域があるという事で行ってみました
ここは、「三井美唄炭鉱」の炭鉱住宅街として現存するものです。

■ 三井美唄炭鉱は、中堅規模の炭鉱であった。坑口と選炭工場は現在の高速道路の美唄トンネル、鉱山町は南美唄地区にあった。昭和37年の三井美唄炭鉱閉山後は関連工場地区は現自衛隊美唄駐屯地、鉱山町は炭住、職宅、商店街含めて、その後の市営分譲に成功し、鉱山町が完全に残った日本でも珍しい産業町並み保存地区になった。この街区調査に全国の都市計画行政、町並み保存団体、都市学会が視察に訪れる歴史地区になっている。 ※北海道文化資源DBより引用

場所は美唄市の南美唄地区にあります。
まさに昭和の炭住街がそのまま時を経ているような…。
タイムスリップしたような不思議な感覚になりました。

現在も多くの住人がいらっしゃるようで、増改築されている建物もありましたが、映画のシーンにそのまま登場しても違和感が無いくらいの空間でした。

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