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日本におけるグレゴリオ暦

旧暦とか新暦とか色々ありますが、知識のひとつとして覚えておきましょう。



グレゴリオ暦は、1582年にローマ教皇グレゴリウス13世がユリウス暦を改良して制定した暦法で現行の太陽暦として世界各国で用いられている。平年には1年を365日とするが、400年間に97回の閏年を置いてその年を366日とすることにより、400年間における1年の平均日数を、365日 + 97/400 = 365.2425日とすることがグレゴリオ暦の本質。

この平均日数365.2425日は、実際に観測で求められる平均太陽年(回帰年)の365.242 189 572日(2013年年央値)に比べて26.821秒だけ長い。

さて、明治政府の仕事のひとつとして…。

明治5年(1872年)に、従来の太陰太陽暦を廃して翌年から太陽暦を採用することが布告されます。
「太政官布告第337号、改暦ノ布告」には、「太陰暦ヲ廃シ太陽暦ヲ頒行ス」「來ル十二月三日ヲ以テ明治六年一月一日ト被定候事」。

グレゴリオ暦1873年1月1日に当たる明治5年12月3日を、明治6年1月1日とすることなどを定めました。
公布は11月9日(1872年12月9日)。当時の国民は大いに混乱したことでしょう。

現代のカレンダー屋さんでも、年末に改正って「もぉ~来年のカレンダーできてるよ~」ですよね。

実は裏話があって、当時参議の大隈重信の回顧録に政府の財政状況がかなり逼迫していたとあります。
当時は官吏への報酬を月給制に移行したばかり。

旧暦では明治6年は閏月があるため13か月になりますが、新暦を導入すると閏月の1か月分は支給しなくてもよくなります。
しかも、明治5年の12月も2日しかなくなるので、かなりの支出を抑えられる…。

現代でも、国家公務員の月給一か月分の総額って、たぶんスゴイ金額になるでしょう。

今回覚えておきたいのは、明治5年(1872)12月3日(旧暦)を、明治6年(1873)1月1日(新暦)とする太陽暦への改暦です。
ここで大切なのは、これ以前の書物などで…。

たとえば松浦武四郎が6月に天塩川を…などとありますが、実際の季節としては5月くらいの風景を想像して読み進めなくてはいけません。

特に、秋や春や雪にかかわる季節では違和感を感ずることもありますが、旧暦と新暦の時間差を考慮して読まなくてはいけません。

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