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「白滝ジオパーク交流センター」と「遠軽町埋蔵文化財センター」 vol.1

堅苦しいタイトルですが、何なの?と思われた方は過去記事で…。

「遠軽町埋蔵文化財センター 」
「植芝盛平と白滝 vol.1」
「植芝盛平と白滝 vol.2」

チラッと書いておきますが、「合気道」の開祖である植芝盛平は、1912年(明治45年/大正元年)に29歳で、北海道開拓団体募集で、農家・漁民の次三男を主とする54戸80余名の「紀州団体」長として紋別郡上湧別村白滝原野(現:白滝村→遠軽町)に移住しました。

原生林の伐木、夏季の暴風雨や冬季の酷寒・豪雪、3年連続の凶作など…。
開拓団のリーダーとして役所への陳情嘆願や、ハッカ栽培・製材事業・馬産酪農を奨励し、入植3年目以降は開拓民の生活も好転し、小学校建設・商店街・住宅の整備を図りました。

私が中学生の頃に読んだ本の記憶では、労働の後には毎日剣を振るったと…。



その剣=木刀ですが、本には長さと太さが書いてあったと思いますが正確な寸法は忘れましたが、そんなものを自由自在に振ることは難しいと思った記憶はあります。

ちなみに合気道は、柔術・剣術など各流各派の武術を研究し、独自の精神哲学でまとめ直し、体術を主とする総合武道の側面がありますが、稽古として剣(木剣)・杖・短刀の三種類に対応するものがあります。

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もちろん植芝盛平氏が当時使っていたものでは無いでしょうが展示があります…。

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白滝村って何?と思われた方は、↑にブログ内検索があります。
それなりの数を過去に書いていますので、「白滝」で検索しご覧いただければと思います。

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