六花亭 神宮茶屋店の「判官さま」



北海道神宮の西駐車場に車を止めて、境内に入るとすぐあります。

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六花亭は各地に店舗がありますが、品揃いが一番少ないお店かも知れません。
しかし、ここ北海道神宮でしか食べることができないのがこちら。

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「判官(はんがん)さま」です。

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「判官さま」はそば粉入りのお餅で、お店では表面が軽く焦げる程度の焼きたてで提供してくれます。
パリふわのお餅と、甘すぎない粒あんが絶品です。
一人最低二個って感じ?(笑)

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さて、判官様って何?ですが…。
↓この人です。

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「北海道開拓の父」といわれる、「島義勇(よしたけ)」のことです。
なぜ北海道神宮の境内に銅像があるのか…。

え~っと、「島義勇」については、どこから何をお伝えしようかと悩んでいますし、後日しっかりとお伝えしたいと思っています。
今回は、北海道関連のみ超ザックリと…。

「島義勇」は文政5年9月12日(1822年10月26日)、肥前国佐賀城下の精小路(現佐賀県佐賀市精町)に、佐賀藩士島市郎右衛門の長男として生まれる。
安政3年~4年(1856年~1857年)に佐賀藩主鍋島直正の命で、箱館(現 函館)奉行堀利煕(としひろ)の近習となり、蝦夷地と樺太を探検調査。

明治2年(1869年)6月6日、新政府において藩主鍋島直正が蝦夷開拓督務になると、蝦夷地に通じているということで蝦夷開拓御用掛に任命され、同年7月22日開拓使判官に就任。

初代開拓長官の鍋島直正は健康を害し、東久世通禧開拓長官とともに北海道へ。
東久世長官は大切なお仕事のために函館に留まり、札幌本府建設の実働部隊の責任者は島。

先遣隊ではない実働部隊が銭函(現小樽市銭函)に開拓使仮役所を開設したのは晩秋の10月12日(新暦では11月です)。
まったく北海道の冬を無視したようなスケジュールですが、ほぼ無人の原野に、しかも島自身はじめての北海道の冬。

いよいよ札幌本府の建設がはじまります。

雪と寒さの中、兵部省(軍隊)との軋轢があったり、食料や資材に関しても想定外の費用・労力と困難を極めます。
結局は年が明けたところで、東久世通禧開拓長官から予算の使い過ぎって感じで解任。

島が札幌に居たのは約3カ月…。

↓このお菓子は何だっけ?

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