北海道博物館 vol.4 「幕末の頃」

北海道の歴史に興味を持ってから、もう何年になるだろう。
少しは知識が深まり、頭の中に当時の風景なりが映像としてイメージ出来るようになることも増えました。

個人的に歴史を知るって活字のものが多いのですが、映像化としてはNHKの番組は判り易い。
「ブラタモリ」や「歴史秘話ヒストリア」なんてのは大好物です。
しかし、これが番組によっては案外曲者だったりします。(笑)

さて今回は蝦夷地(明治2年から北海道)のアイヌと和人(当時の日本人)の関わりについてです。

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当時の松前藩はアイヌとこんな交易が行われていましたって展示ですね。
公の施設としては、どうしても教科書的な上っ面の時代考証になってしまいますね。

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江戸時代の初期にはすでに松前藩とアイヌの間の交易が行われていました。
↑のジオラマは「オムシャ」の光景のようですが…。

そもそも「オムシャ」というのは、アイヌと和人の交歓の儀礼です。
そもそもは交易、やがて漁労の終了時にアイヌに対する慰労行事だったものが、やがて和人がアイヌを上から目線で統治する手段のひとつになりました。

和人は会所(役所の出張所)に役蝦夷(アイヌに役職を付けた)全員と、主な平蝦夷(一般のアイヌ)を集めて開かれ、写真にあるように役蝦夷は正装、平蝦夷は平服で土間に座り、正面の屋敷部分には武士が対面し威儀を正して座ります。

公儀に従うことなどを伝えますが、役蝦夷の任免や役料の下賜、善行者などへは褒賞、老人や病人には見舞品の支給なども行い酒宴でもてなしていたようです。

「和人」対「アイヌ」の図式で言いますと、一方的に和人がアイヌを迫害したような風潮が特にアイヌ〇〇のような団体組織では顕著ですが、「幕吏 松田伝十郎のカラフト探検」を読みますと、アイヌに対してこんなにも真摯に律儀に仕事をした方が居たことを知ることが出来ます。

ちなみに、間宮海峡で有名な間宮林蔵の上司で、先に樺太(サハリン)が島であることを発見したのは「松田伝十郎」です。
Amazonに「松田伝十郎」関連は5冊ありました

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私の大好きな「松浦武四郎」のコーナーもありました。
過去記事は、「SEARCH TERMS (33 hits) : 松浦武四郎」、内容は大なり小なり混在していますが33件あります、

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「知床日誌」 「東西蝦夷山川地理取調図」 「石狩日誌」…。
たぶん本物だと思いますが…。

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ま、本物を入手出来たとしても、ほとんど読めませんけど。(笑)

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私が持っている翻訳本?は、丸山道子の著作です。
本人も試行錯誤しながらって書いていますが、一番映像としてイメージできるかと思います。
この絵を見ても、あ~あの時は大変だったよねぇ~なんて想えます。(笑)

Amazonには、「石狩日誌」と「知床日誌」がありましたが、2冊と1冊のみ…。価格も高いですけどね。

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