旧島松駅逓所(国指定史跡) クラーク博士記念碑



旧島松駅逓所(国指定史跡) | 北海道北広島市

駅逓所は、駅舎と人馬を備えて、宿泊と運送の便をはかるため設置されたもので、開拓期の北海道で重要な役割を果たしました。 島松駅逓所は明治6年、札幌本道(現在の国道36号)の開通に伴い設置されたもので、明治17年からは、市内の島松に入植して寒地稲作の父とうたわれた中山久蔵が経営にあたっていました。

この駅逓所は、クラーク博士が帰国の途中に立ち寄り「青年よ大志をいだけ」という名言を残した舞台となり、また、明治14年には明治天皇本道ご巡幸の際の行在所ともなりました。 昭和59年国史跡に指定され、当時の駅逓所の構造を残す建築物としては道内最古のものです。

所在地 北広島市島松1番地
開館日 4月28日~11月3日まで
会館時間 10時~17時まで
休館日 月曜日、祝祭日の翌日
入場料 小・中学生 100円 (70円)、 大人 200円 (150円)
※( )内は20名以上の団体割引

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島松駅逓所の歴史

1873年(明治6年)12月 函館-札幌間の札幌本道が開通。島松川の右岸(胆振国千歳郡島松村、現在の恵庭市島松沢)に設置。初代駅逓取扱人は勇払場所請負人の山田文右衛門。
1875年(明治8年) 山口安五郎が駅逓取扱人となる。
1877年(明治10年) 島松村から移った中山久蔵が請人となり、鶴谷新次郎が駅逓取扱人となる。
1884年8月(明治17年) 中山久蔵が駅逓取扱人となる。
1897年(明治30年) 廃止。
1933年(昭和8年) 明治天皇の島松行在所として国の史跡に指定。
1948年(昭和23年) 他の日本各地の明治天皇「聖蹟」とともに史跡指定解除。
1984年7月25日(昭和59年)「旧島松駅逓所」として国の史跡に指定。7年間をかけて建物の修理復元工事実施。

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バスで訪問予定の方はご注意ください。(笑)

過去記事あります。
・「旧島松駅逓所 vol.1 ~外観~」
・「旧島松駅逓所 vol.2 ~屋内~」

さて、「クラーク博士」のお話ですが…。

日本の歴史上有名な外国人といえば…なんて番組を見た記憶があります。ペリーとかたくさん出ていたと思いますが、もし歴史上の有名外国人が残した言葉といえば「クラーク博士」が第一位になるかもしれませんね。

「Boys, be ambitious(少年よ、大志を抱け)」はあまりにも有名です。

当時の札幌郡月寒村島松駅逓所(現:北広島市島松)。
時は1877年(明治10年)4月16日、札幌農学校(北海道大学の前身)の初代教頭ウイリアム・スミス・クラーク(William Smith Clark)が、アメリカへ帰国の際に見送りに来た学生や職員たちと別れの際に発した言葉だと言われています。

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※クラーク博士帰国に際し見送りの教職員学生一同(開拓使旧本陣前)明治10年4月 (1877年4月)

諸説あるようですが、札幌農学校1期生の大島正健が残した離別を描いた漢詩「青年奮起立功名」からの逆翻訳説が有力だったそうですが、その後札幌農学校創立15周年記念式典で行った大島の講演内容を安東幾三郎が記録し、当時札幌にいた他の1期生にも確認し、1894年ごろに同窓会誌「恵林」13号に発表していたことが判明したそうです。

全文は「Boys, be ambitious like this old man」、「この老人(=私)のように、あなたたち若い人も野心的であれ」という意味になるとか…。

なぜクラークが北海道へやって来たのか。
そんなお話もいつの日か…。

170317001.jpg ※レトロな感じにしてみました。

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