「D61-4」 留萌本線の思い出

 @Wikipedia

過去記事に、「留萌のD61」がありますが、D61と言えば深川機関区です。
今回は、私が深川から留萌まで蒸気機関車(SL)に乗ったお話です。

17060102.jpg

昭和50年頃の旭川駅。年齢がバレバレ?(笑)

17060103.jpg

今見ると、かなりレトロな客車ですね。扇風機が泣かせます。
こんな普通列車に乗って、旭川駅から深川駅へ…。

たしか迎えに来てくれたはずです。誰が迎えに来てくれたかといいますと、私の「親戚の友達のダンナさん」です。なぜ「親戚の友達のダンナさん」が来てくれたかと言いますと、私が蒸気機関車好きの話を親戚としていまして、「友達のダンナ国鉄だから聞いてみようか」なんて感じで、夢が叶ったのです。

17060104.jpg  17060105.jpg  17060106.jpg

今はお世話になった方々も退職されているでしょうし、時効という事でここだけの話ですけど。。。(笑)
二人で線路を横断して機関区へ、「え?こんなとこ歩いてイイの」と思いつつ、さらに「背あるからバレナイベ」と言われてナッパ服に着替えて機関区の庫内へ行き、「これD61、珍しいんだぞ、ここにしか無いんだ」って知ってますけど、「今日はこれじゃないけど写真撮っとくか」って記念撮影。感動。

17060107.jpg

今日はこのD51-857に乗車して留萌まで行きます。

17060108.jpg  17060109.jpg  17060110.jpg

機関士さんと機関助士さん。こんなに長い石炭列車でした。
たぶん深川から後部補機がついていたのかもしれません。

17060111.jpg  17060112.jpg  17060113.jpg

車窓から撮りたかった、タブレット交換。
腕木式信号機。
石炭を投入する私。(笑)

17060114.jpg

恵比島までは石炭を投入させてくれましたが、機関士さんが「峠で止まったらなぁ~(笑)」と、恵比島-峠下の間はプロと交代です。

17060115.jpg

無事留萌駅へ到着。機関車から見るホームの風景。
それを撮る何事にも勝る優越感。まるで自分が機関車を動かしてきたかのような錯覚。(笑)

17060116.jpg

帰り道はなぜか記憶が薄く、お礼を言ったのは覚えているけど、どうやって家まで帰ったのか全く覚えていなかったりして…。

ちなみに、D61は蒸気機関車が全廃となった1975年(昭和50年)までそのままの姿で使用されますが、最終廃車である1975年6月廃車は4号機でした。
現在、3号機は過去記事にある、留萌市内の見晴公園で静態保存されていますが、その他の車両は廃車後解体され4号機は当初保存を予定し保管されていたものの、結局解体され動輪のみが苗穂工場に保存されているそうです。

関連記事
スポンサーサイト

COMMENT 2

▲  2017, 06. 19 [Mon] 19:20

3まいめ

この車内写真。
711系電車ですね。
ヒントは、スビーカカバー。
それで、初期のタイプですと、減光灯(マメ電球)付いている車がありましたね。

Edit | Reply | 

▲  2017, 06. 19 [Mon] 18:06

2枚目の写真。

2まいめ

えぞ松荘→勇駒別 地名としては消えてしまいましたね。 現・旭岳温泉。
今は、万世閣ですか。

「大東」
大東チェーンは全部なくなったんだよね。
〇 左端の「大東」は、洞爺湖温泉。
とはいうものの、虻田町じゃあない。壮瞥町洞爺湖温泉という珍妙な場所に建つホテル。
いまのサンパレスクリスタル。
TVCMは、北の湖が「僕のふるさと ホテル大東」を呼び掛けていましたね。
〇 真ん中の「大東」 画像から、「サツポロ」とはっきり読み取れますね。
南6西6。いまのスワンキー大友(=層雲峡観光ホテル)
〇 右はじの大東「館」 「館」がつくので阿寒湖。


なお、78年9月の弘済会道内時刻表の裏表紙には、
「札幌ホテル大東
大東チェーン 洞爺湖温泉ホテル大東・阿寒湖温泉大東館」
の広告が、
その後、82年9月の弘済会道内時刻表の裏表紙には、
「札幌ホテル大東
大東チェーン
洞爺湖ホテル大東・層雲峡観光ホテル・川湯橘屋・川湯グランドホテル・阿寒ニュー大東・根室グランドホテル」
の広告がありますね。

Edit | Reply |