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一粒万倍



「一粒万倍」って知っていますか?
たしか北海道の士別市だったと思いますが、通りすがりのお店の看板の文字を見て、一粒の種が一万倍に増えるという意味なのだろうと想った記憶があります。

調べてみますと「ヒトツブマンバイ」ではなく「イチリュウマンバイ」と読むそうですが、やはりタネ由来でお米のことのようで、一粒のモミが万倍にも稲穂を増やすという意味だそうです。

そうなるとお米ってそんなに増える植物なのか…。

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田植えの風景で良く見かける10センチ程度の苗ですが、これが驚きなのですが根元から次々と新しい茎が出てきて、品種にもよりますがなんと1株が約10~25本ほどに増えるそうです。

その1本の茎に「ササニシキ」で80~100粒のお米ができるそうで、稲穂が10本になったとすれば、800~1000粒のお米。
つまり1粒が1000倍になるわけですね。

しかもたった1年でそうなるし、日本人の主食。
これって怖いものなしってイメージですよね。だからこその米なのでしょうか。

考えてみれば、ジャガイモや麦を主食にしている国も多いのですが、それもそのはずの植物なのですね。
トウモロコシもたった一粒が何倍になるのか分かりませんが…。

基本的に採れたタネを来年に蒔くのですから初期投資が少ない事になりますが、飢饉の年に来年用の「タネ=食べ物」。
これに手を出さないって…。

空腹の親はもちろん、子供たちにも食べさせずに来年のために…。
北海道の開拓期には辛い選択も多くありました。

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COMMENT 2

あず  2018, 07. 09 [Mon] 00:36

チョコ様

> 私たちの曽祖父は明治のいつ頃か、淡路島から雨竜へ開拓移住しました。現在は4代目に当たる従兄弟たちがお米を作っています。

過去記事に少しありますが…。
蜂須賀家は外様大名で徳島藩の藩主。旧淡路国は1880年(明治13年)に徳島県に編入。

明治22年に公爵三条実美・侯爵蜂須賀茂韶・侯爵菊亭修季らが道庁より雨竜原野1億5千万坪の貸下を受け、明治23年に「華族組合雨竜大農場」の開拓がはじまります。

蜂須賀茂韶は多くの労働力を求めていましたから、ご先祖様はこの流れで移住されたのかもしれませんね。

それにしても北海道の開拓って想像を絶する苦労があったようです。
米を作ることができる土地に入植できたのは極々一部の恵まれた人々です。

そんな祖先・土地があってこその米が、チョコ様に届けられているのですね。

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チョコ  2018, 07. 07 [Sat] 14:48

こんにちは。
一粒万倍という言葉は初めて知りましたが、稲の穂の写真とそれからここがあずさんのブログだということからか、思い浮かんだのは、雨竜町の従兄弟が毎年秋に送ってっくれるお米のことです。稲の刈り入れの様子を従兄弟が写真で送ってくれたこともあり、その広い農地の様子も印象にのこっています。
私たちの曽祖父は明治のいつ頃か、淡路島から雨竜へ開拓移住しました。現在は4代目に当たる従兄弟たちがお米を作っています。
昔、私の父も雨竜の開拓農家で育ったころの話をしてくれたものでした。

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