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「ミニヤコンカ」の「ウスユキソウ」 実生(種を蒔いてみる)



ミニヤコンカは中華人民共和国四川省カンゼ・チベット族自治州に位置する大雪山脈の標高7,556メートルの最高峰。
冬虫夏草をはじめとした貴重な薬草の採集地として知られ、麓の倒栽沖には唐代に皇帝から「薬王」の名を授けられたとか…。

古くから登山の対象となっていたものの、急峻なうえに地形不明確な山頂、目まぐるしく変化する天候のために登頂に成功した者は20名に満たず、世界でも屈指の難峰となっている。

登山史
1932年10月28日 - アメリカ隊のリチャード・バードソル、テリス・ムーアの二名が初登頂。バードソルは指に重度の凍傷、最終キャンプを守っていたエモンズも足の指を全て切断する重度の凍傷を負う。
1957年 - 中国隊が登頂、山頂に「缶」を埋めたとされるが、下山中に3人が転落死。
1981年5月24日 - 北海道山岳連盟登山隊8名が滑落死。
1982年5月 - スイス隊が北西稜ルートで登頂。 市川山岳会登山隊2名が遭難。山頂直下で無線機が故障したためサポート隊員が下山中のアタック隊員を遭難死と誤認。前進キャンプをすべて撤収してしまったため、体力が回復できないまま菅原真隊員が行方不明となり、松田宏也隊員は遭難から19日後に薬草採集のためベースキャンプ近くを訪れたイ族の住民に救出され生還した。5ヵ月後、遺体捜索に向かった市川山岳会のメンバー1名が高山病で死亡。
10月 アメリカ隊が北西稜ルートで登頂
1984年10月 - ドイツ隊が北西稜ルートで登頂。
1994年 - 日本ヒマラヤ協会隊の4名が行方不明。
1997年5月2日 - コンカ山登山隊(芳賀正志隊長)の横山英雄、長原孝友が北西稜ルートで登頂(日本人初登頂)。
1998年11月 - 韓国隊が北東稜ルートで初登頂。下山中に一人が墜落死。
2006年 - 韓国隊が1981年に遭難死した北海道山岳連盟登山隊の遺体を発見、翌年回収された。
2009年 - アメリカ隊の3名が燕子溝氷河を挟んだ向かいにある愛徳加(エドガー)峰に向かう途中で遭難。

1981年に遭難した北海道隊隊員のうち2名の遺品に、ベースキャンプ付近で採取したとする種不明の大型の蝶標本14頭が含まれていた。標本は国立科学博物館に送られ、ウンナンシボリアゲハ(Bhutanitis mansfieldi)と鑑定された。この蝶は1918年に雲南省付近でイギリス人の植物学者により発見されたとされる標本以降、60年以上他に標本が存在しなかった。この報告は当時の世界の昆虫学会に大きな驚きをもたらした。 @Windowsから抜粋

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こんな山から「ウスユキソウ」の種を持ち帰った人がいたそうで、その子孫がわが家へやってきました。
過去の経験から「ウスユキソウ」を実生するという発想がなかったのですが、種から増やしたのであれば種で増やせるのかも…。

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ま、半信半疑で種を蒔いてみたのが、8/7です。

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約1か月後の9/4にはチラホラと芽吹いています。
※他の?な種も発芽ですが、これって「ミニアコンカ」なのかは今後に乞うご期待。

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