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歌志内市の道の駅「うたしないチロルの湯」 2019



「うたしないチロルの湯」は第14回(1998.4)の登録です。
過去記事が一つだけありました。

道の駅「うたしないチロルの湯」

P7140120.jpg

売店もなくなり終わったなって感じ?
ま、昔は漬物屋って感じでしたけど…。(笑)

せっかくなので歌志内市の歴史を振り返ってみましょう。

この空知(そらち)エリアは石炭の炭鉱で栄えたのです。
この歌志内市もかつては、年間生産量約70万トンの石炭産業で栄え、ピーク時の昭和23年1948年には約46,000人の人口を記録。その後、昭和40年代に入ると閉山が相次ぎ、昭和56年には人口が1万人を割り現在も減少傾向…。

全国でも最も人口の少ない「市」です。

データとしては…。
・面積 55.95km2
・総人口 3,215人(住民基本台帳人口、2019年5月31日)

比較として2007年(平成19年)3月6日に財政再建団体(現在の財政再生団体)に指定された「夕張市」は…。 
・面積 763.07km2
・総人口 7,998人(住民基本台帳人口、2019年5月31日)

歌志内の人口は、夕張の半分もありません。

略歴
1890年(明治23年)滝川村から奈江村(現砂川市)が分離新設。(歌志内開基)。北海道炭礦鉄道空知採炭所(空知炭鉱)開坑。
1891年(明治24年)7月5日 北海道炭礦鉄道により鉄道(後の歌志内線)が開通、歌志内駅開業。北海道炭礦鉄道神威炭鉱開坑。
1897年(明治30年)7月1日 歌志内村(現歌志内市・赤平市・芦別市)、奈江村(現砂川市)より分立。
1900年(明治33年)6月1日 芦別村(現芦別市)分立。
1906年(明治39年)4月1日 二級町村制施行「歌志内村」。
1911年(明治44年)住友石炭鉱業奔別炭鉱(後の新歌志内炭鉱)開坑。

1919年(大正8年)4月1日 一級町村制施行「歌志内村」。
1922年(大正11年)4月1日 二級町村赤平村(現赤平市)分立。

1940年(昭和15年)4月1日 町制施行「歌志内町」。
1948年(昭和23年)7月 人口がピークを迎える(46171人)。
1953年(昭和28年) 住友石炭鉱業新歌志内炭鉱閉山。
1958年(昭和33年) 市制施行「歌志内市」。
1963年(昭和38年) 北海道炭礦鉄道神威炭鉱閉山。
1971年(昭和46年) 住友石炭鉱業歌志内鉱業所閉山。
1981年(昭和56年) 人口が1万人を割る。
1988年(昭和63年) 住友石炭鉱業上歌志内鉱業所閉山、歌志内線廃止。
1995年(平成7年) 北海道炭礦汽船空知炭鉱閉山(空知炭田群炭山消滅)。

1998年(平成10年)4月17日 道の駅うたしないチロルの湯オープン
2007年(平成19年) 3月 市内唯一の高校、北海道歌志内高等学校閉校。
         11月 人口が5000人を割る。
2014年(平成26年)3月 人口が4千人を割る。
2019年(平成31年/令和元年) かもい岳国際スキー場を運営していたプラッサが経営破綻し2月末でかもい岳温泉ホテルと共に休止。

寂しい限りです。

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